302円日記

日記とか考える練習とか

スピナッチ将軍

仕事明け。地元の図書館で読書しようと思ったら休館日だった。少し歩いて古本屋に行った。おそらく自分が生まれる前からやってる古本屋だが入るのは初めて。入り口を塞ぐように店主と客らしき老婆が話していて入りづらかったけど入った。適当な本を3冊と、レコードも沢山あったので1時間くらい見て、山下達郎松任谷由実とシナロケとビジネスと内山田洋とクールファイブのレコードを買った。レコードは一枚一枚ジャケットを確認して欲しい物に出会えた時が嬉しい。

私はりんごジュースが好きなので帰りに道の駅的な店で高級なりんごジュースを買った。やっぱり高いと美味しかった。

伊右衛門て昔高級ぶってたよね

先日、文学館から持ち帰った遠藤周作のエッセイがあまりにも心に響いたのでただいま絶賛エッセイブーム中。巷に溢れかえってるような自己啓発本とも違って「こんな考え方もありますよ」って書き方をしていたのが好きだったんだと思う。そしてその考え方の多くが私にピタリとハマった。

そして先ほど『小生物語』を読了。乙一という小説家が10年くらい前に書いていた日記が一つの本になったものである。

面白いエッセイを検索して沢山の候補の中からこの本を知り、作者のことも内容も全く知らなかったがなぜか、ひたすらなぜか惹かれたので買ってみたらこの人伊集院光爆笑問題のラジオがかなり好きらしい。ラジオをよりクリアな音で聴く為に上京を決意したと書いてた。人は同じ匂いがする人に自然にたどり着くようにでもなっているのだろうか。嘘と本当が入り混じっている日記が面白かった。

どうしてこの日記を始めたかというと、この人の本が面白かったからである。そしてまだ誰にも教えてないのは昔誰にも公開しない日記をつけていたという伊集院さんの影響。いつまで続くかわからないけど少しでも文章が上手くなればいいと思う。続くようであれば公開する。

ただいま深夜2時。隣部屋の弟が相変わらずネトゲしながら絶叫している。弟を見てると多感な時期を下らないことに消費してるなと感じるけど弟から見たら私だって結婚もせずいつまでも実家でだらだら音楽ばっか聴いてるババアとか思われてそう。まあ弟も私も誰でも、人の楽しみは人それぞれだからね。昨日の朝にパチンコの開店待ちしてるおじいちゃんおばあちゃんを見かけた時も同じことを思った。何をしても自由。人に迷惑さえかけなければ。

人ごみに流されて変わってゆく私を

4/14(金)石野卓球のDJを見た。私もいつかは彼のようなことがしてみたいとぼんやり思っているので選曲や盛り上げ方等勉強になった。

隣のギャルズに負けず劣らずのダンスを繰り広げ最終的には終了時間まで最前で休むことなく踊り続けた。中盤で知らない男にナチュラルにケツを触られたので持ってた酒瓶で殴りかけたが何とか堪えた。こいつをオナワにしたかったが自分がオナワになったら意味がない。

後半から喉の渇きを覚え三途の川が見えたがギリギリセーフ。煙草を切らした石野氏に自分のを一本手渡ししたのち握手をしてもらったのはいい思い出になった。

Twitterで知り合った方々と行ったんだけど、皆さんこれが素敵な人達で。自分がツイ廃になってしまった点は今後改善すべき事案だがとにかく出会えてよかったと思う。生い立ちも本名も知らないけど、深い所まで話さず趣味だけで繋がる友人というのもいいなとこの年齢になって思う。ネットで知り合うなんて昔の私なら怪しさしか感じなかったけど、煙草をあげれたことも、まりんのサインが裏面に書かれたステッカーをお裾分けしてくれたりクラブでの裏話を聞けたのも、Twitterやらずに生きてたら経験しなかったことなので。今回会った方以外でも、読みたかったまりんのインタビュー記事をわざわざ撮って送ってくださった方もいるし、東京でのイベントのまりんを毎回写真や動画とともに報告してくれる方もいる。お会いしたこともお顔も分からないのにこの方とは話が合いそうだなと感じる方も数名いる。不思議。

「やっててよかったTwitter公文式」的な内容になってるけどとりあえず楽しかったということです。ただ、クラブから出た後に浴びる日光と真面目に朝から活動してる人々の姿と鏡に映った徹夜明けの自分の顔だけはあんまり拝みたくありません。

尿意ドン

今日の勤務明け「もう飽きた。帰りたい」と5秒に一回くらい思っていた。4年もやると飽きるようになってんのかな。疲れたとは違う感情だった。

ここ数日「勤務明けこそアクティブに」をスローガンに活動しているため、ブックオフナンシー関ビートたけしのエッセイを購入。続いて書店でまた別の作家のエッセイを2冊。

アニエス・ベーのカットソーにそっくりなブツが1000円で売っているという情報を耳にしたので無印良品にも行った。一着買った。クローゼットの中には既に黒のボーダー服しかないのに今回もまたボーダーそして黒。like a 囚人。

地元へ帰るバスでは涎を垂らし爆睡。そして今ミスドでカフェオレをしばきながら日記をポチポチ。

夕方だと学校帰りの学生が多く混雑してるせいかカップが空になってもコーヒーのお代わりを頂けなかったため半泣きで帰ろうとした矢先「お待たせして申し訳ございません」と言いながらなみなみコーヒーを注いでくれた店員さん。like a 天女。接客業はマニュアル通りの対応プラスこういう店員さん本人の口から出たささやかな一言がとても大事だと痛感した。ありがとうございます。でも私もう尿意がすごいです。実はバスの中でもアイスコーヒー飲んだんです。でもせっかく注いでくれたので最後まで飲みます。この行いのせいで道中で膀胱が破裂したとしても私は店員さんを責めません。むしろ最期の言葉は「店員さんありがとう」。

仕事にて

お客さんから電話で「◯時にタクシーを呼んでほしい」と言われ、爽やかな笑顔の声で「かしこまりました」と伝え電話を切りタクシーを予約した。

約束の10分前にタクシーが到着した時、まだお客さんは現れてなかったので運転手には外で待機してもらうことにした。朝の社内は沢山の利用客でごった返している。その人ごみの中から予約の時間ちょうどになった頃、私に向かってある一人の男性が「タクシーはいつ来るんだ」と若干怒り気味で聞いてきたので「すでに入口におります」と伝えた。「こういうことってこっちが聞かないと駄目なの?着いてるなら着いてるとさっさと伝えてくれよ」と言いタクシーに乗っていった。

私は人から言われたことをいつまでもネチネチ考えて腹を立てるのが得意な人間なので最後の一言には正直イラっとしてしまった訳。お客さんにタクシーを頼まれることは腐るほど経験してきたが、タクシーの到着状況を自分から聞いてこない方は初めてだった。顔見知りのお客さんであれば見かけた瞬間声をかけることが出来たんだろうが今回の人は初対面だった為そこまで気を利かすことは出来なかった。

私が約束の時間に頻繁に周りを見渡しタクシー待ってそうな雰囲気を醸し出している男性をスーパーナチュラル的な何かで察知できなかったのも悪いと思っている。 でもこのお客さんって、どうしてタクシーが来てることをこちらから言ってもらえると思ったんだろう。私があなたの顔を知っていると思っていたんだろうか。

考えれば考えるほどわからないので、自分がこのお客さんになったつもりで考えてみた。まず、タクシーの予約を頼む。そして約束の時間の少し前に颯爽と現れる。ここまではOKだ。何の問題もない。カッコいい。眩しい。そして、私だったらここでやっぱり「タクシーもう着いてますか?」と尋ねるか、外に出てそれらしき車が停まっていないか自分で確認する…というのが脳内でシュミレーションしてみた結果。

初めてのブログでタクシーがどうのっていう話なのも微妙だが、結論としてはお客さんもこちらに状況聞いてくれれば良かったんじゃないかなって思うし、私も私で「そういや待ってるタクシーってどうなったんだろ」と考えないあたり気が利かない。