302円日記

日記とか考える練習とか

よくしゃべるブスは厄介

だらだらしてた。ずっとだらだらしてた。だらだらすることを望んだはずなのにいざだらだらしすぎると憂鬱になるのおかしい。もっと達成感とかスッキリ感よこせよ。腹も減ってないけど明日の仕事の弁当準備して、某有名企業にエントリーシートを送ろうとしたら悩みすぎてタイムアウトした。泣いた。やめた。明日から色々頑張ろうと思います。

上段中段下段冗談D.A.N.

ここ最近の話。

ダンの新譜を聴いた。ワイワイ言ってもアレなので一言にまとめるとAOKI takamasa氏のリミックスが一番好きであった。

相変わらず読むスピードが本を買うスピードに追いつかない。それにしてもブックオフに売られてる自己啓発本の多さよ。うさんくさい見出しばっかり。

あと今月号のアンアンの関口メンディーの写り、個人的に全部アウトだと思います。

レコードストアデイどう思いますか皆さん。皆さんと言ってもこの日記誰にも教えてないんですけどね。私は今のとこ自分が賛成なのか反対なのかわかりません。まだレコードそんなに持ってないから行ってみたいなとも思うし。ただ、自分のレコードの見つけ方・楽しみ方と違うと思うな。限定品を求めてわざわざ朝から並んで買いに行くって言うのはなんだかね。あと日頃からレコード売ってる個人店の人にも迷惑だよね。

とりあえず今日はオードリーANNがヤバそうなので今のうちにお昼寝します。

 

あれだけ好きだった深夜の馬鹿力を差し置いて最近はオードリーのANNをよく聴いている。

そんなこんなで若林が書いた『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を読んだ。乙一の話でも同じことを書いたがつくづく人間というものは似た人に引き寄せられるんだなというのが一番の感想。

ひねくれにひねくれた暗黒の20代を過ごしたが相方の春日とともにM-1で脚光を浴びる。そこから仕事が増え、慣れない社会のしきたりに文句をつけながら、もがきながら自分と向き合って答えを見つけていく。成長する過程が感動的で、卒論とあとがきを読んだ時には少し涙ぐんでしまった。

活字嫌いの自分がもう一度読んでみようと思えたのは夏目漱石の『こころ』ぶり…。

デキる奴もデキない奴も、この世に存在してていい。でもどうせ生きるなら楽しいことやりたい。ネガティブなことを考えて穴にハマる時は暇な時。影響を受けた人の言葉や存在を自分の都合のいい所に置かない。過度なリスペクトはオリジナリティを奪う。仕事もゲームもやり方を覚えてからが楽しい…全部同感だ。全ての話で言えるが結論に達するまでの葛藤がとても良かった。

エッセイブームはしばらく続く。

物質が溢れる

今日はずっと雨だった。何もしていない。

最近、いや、ここ半年以上思ってることがある。それは身の回りに物が多すぎて何一つ目を通せていないということ。本、漫画、雑誌、CD、レコード、撮り溜めたテレビ番組…本当にまだ目を通してない物もあるし、目を通したけど内容を覚えてない物もある。この2つは意味的には同じだな。そのくせ新しいことに興味がどんどん湧き物だけが増えていき、金はなくなる一方。 

どげんかせんといかん。

スピナッチ将軍

仕事明け。地元の図書館で読書しようと思ったら休館日だった。少し歩いて古本屋に行った。おそらく自分が生まれる前からやってる古本屋だが入るのは初めて。入り口を塞ぐように店主と客らしき老婆が話していて入りづらかったけど入った。適当な本を3冊と、レコードも沢山あったので1時間くらい見て、山下達郎松任谷由実とシナロケとビジネスと内山田洋とクールファイブのレコードを買った。レコードは一枚一枚ジャケットを確認して欲しい物に出会えた時が嬉しい。

私はりんごジュースが好きなので帰りに道の駅的な店で高級なりんごジュースを買った。やっぱり高いと美味しかった。

伊右衛門て昔高級ぶってたよね

先日、文学館から持ち帰った遠藤周作のエッセイがあまりにも心に響いたのでただいま絶賛エッセイブーム中。巷に溢れかえってるような自己啓発本とも違って「こんな考え方もありますよ」って書き方をしていたのが好きだったんだと思う。そしてその考え方の多くが私にピタリとハマった。

そして先ほど『小生物語』を読了。乙一という小説家が10年くらい前に書いていた日記が一つの本になったものである。

面白いエッセイを検索して沢山の候補の中からこの本を知り、作者のことも内容も全く知らなかったがなぜか、ひたすらなぜか惹かれたので買ってみたらこの人伊集院光爆笑問題のラジオがかなり好きらしい。ラジオをよりクリアな音で聴く為に上京を決意したと書いてた。人は同じ匂いがする人に自然にたどり着くようにでもなっているのだろうか。嘘と本当が入り混じっている日記が面白かった。

どうしてこの日記を始めたかというと、この人の本が面白かったからである。そしてまだ誰にも教えてないのは昔誰にも公開しない日記をつけていたという伊集院さんの影響。いつまで続くかわからないけど少しでも文章が上手くなればいいと思う。続くようであれば公開する。

ただいま深夜2時。隣部屋の弟が相変わらずネトゲしながら絶叫している。弟を見てると多感な時期を下らないことに消費してるなと感じるけど弟から見たら私だって結婚もせずいつまでも実家でだらだら音楽ばっか聴いてるババアとか思われてそう。まあ弟も私も誰でも、人の楽しみは人それぞれだからね。昨日の朝にパチンコの開店待ちしてるおじいちゃんおばあちゃんを見かけた時も同じことを思った。何をしても自由。人に迷惑さえかけなければ。

人ごみに流されて変わってゆく私を

4/14(金)石野卓球のDJを見た。私もいつかは彼のようなことがしてみたいとぼんやり思っているので選曲や盛り上げ方等勉強になった。

隣のギャルズに負けず劣らずのダンスを繰り広げ最終的には終了時間まで最前で休むことなく踊り続けた。中盤で知らない男にナチュラルにケツを触られたので持ってた酒瓶で殴りかけたが何とか堪えた。こいつをオナワにしたかったが自分がオナワになったら意味がない。

後半から喉の渇きを覚え三途の川が見えたがギリギリセーフ。煙草を切らした石野氏に自分のを一本手渡ししたのち握手をしてもらったのはいい思い出になった。

Twitterで知り合った方々と行ったんだけど、皆さんこれが素敵な人達で。自分がツイ廃になってしまった点は今後改善すべき事案だがとにかく出会えてよかったと思う。生い立ちも本名も知らないけど、深い所まで話さず趣味だけで繋がる友人というのもいいなとこの年齢になって思う。ネットで知り合うなんて昔の私なら怪しさしか感じなかったけど、煙草をあげれたことも、まりんのサインが裏面に書かれたステッカーをお裾分けしてくれたりクラブでの裏話を聞けたのも、Twitterやらずに生きてたら経験しなかったことなので。今回会った方以外でも、読みたかったまりんのインタビュー記事をわざわざ撮って送ってくださった方もいるし、東京でのイベントのまりんを毎回写真や動画とともに報告してくれる方もいる。お会いしたこともお顔も分からないのにこの方とは話が合いそうだなと感じる方も数名いる。不思議。

「やっててよかったTwitter公文式」的な内容になってるけどとりあえず楽しかったということです。ただ、クラブから出た後に浴びる日光と真面目に朝から活動してる人々の姿と鏡に映った徹夜明けの自分の顔だけはあんまり拝みたくありません。